アニメバナナフィッシュ24話(最終回)原作比較、感想


明日はいつも通りであればバナナフィッシュの予告動画がアップされるはず。

24話のタイトルは「ライ麦畑でつかまえて」です。

23話がアッシュだったから最終回のナレーションはもう英二しかないよね。

ラストのあの瞬間のアッシュは私の中で随分前から勝手にイメージが出来上がってるんですよ。

アッシュが(あ・・・・)と言いながら少し見上げて(英二・・・・)と心の中でつぶやくシーンですが、私の中ではアッシュが(あ・・・)って言った瞬間、アッシュの目に映る景色の先には羽ばたく鳥の姿が・・・みたいな勝手な妄想が。

アニメでは今まで自由の象徴や英二の象徴として鳥が描かれてきたので、このシーンじゃないとしても24話の中のどこかで鳥が登場するんじゃないかなぁと思っているんですが。(もし雪降らすなら無理だけど)

そして11話で削られてしまった英二のセリフ「ずっとだ」が最終回で使われるんじゃないかと一部ファンの間で言われてましたがどうなるんでしょうか。

あと、サバプロのREDのCDの2曲目の「lost&found」が最終回で流れるんじゃないかとも噂されていますが、私としては「RED」と「lost&found」の両方が流れたら面白いなぁと思ってるんですが、尺的に無理かな。

ラストシーンはあえて無音という手もあるけどそれだとリアル過ぎてメンタル死にそうだな。

「ちょっと、~あなた」って図書館のお姉さんがアッシュに話しかけるシーンでジ・エンドなのがアニメで動きがつくと思うとシンドイ。

サバプロ「RED」のカップリング曲「lost&found」

ツイッター上で何かと噂になっている「RED」のカップリング曲の「lost&found」ですが、REDのその先をイメージして作られた曲だそうです。

「found&lost」(1クール目OP)

「RED」(2クール目ED)

「lost&found」

という風に世界観が繋がってるって事ですね。

1クール目OPの「found&lost」と歌詞はほとんど同じなんですが微妙に違います。

そしてその微妙な違いの意味を考えれば考える程奥が深い。

「found&lost」がアッシュの曲なら、REDカップリング曲の「lost&found」は英二(英二→アッシュ)の曲に聴こえます。

「lost&found」の英語の歌詞の部分なんですが、歌詞カードの英語と実際に歌っている英語が違うとツイートしている人がいたので私も購入して聞いてみたんですが、確かに歌詞カードの英語と歌っている英語は違って聴こえます。

歌詞カードに書かれてある英語は

「CAN  SOMEHOW  BRINGS  ME  HOPE  INSIDE  MY  HEART」。

ぱっと見主語がなくてなんか変な英文に見えるんですが、歌詞カードの横に書かれてある日本語訳の歌詞を見ると、そこには

「誰か少しだけでいいから僕の心に希望を置いていってくれないか?」

と「誰か」という主語がちゃんと入っています。

そして、実際に歌っている英語は

「SOMEHOW」のところが「SOMEONE」

「HEART」のところが「YOUR」(ツイートしていた人は”you”とされていましたが、私にはyourに聴こえました)

と言っているように聴こえます。

日本語訳に「誰か」と入っているので「SOMEONE(誰か)」と歌っているのは間違いないと思うんですが、よく分からないのが「heart」→「your(?)」の方。

歌っている英語だけ聞くと

「INSIDE  MY  YOUR」

でこれまたおかしな英語になるんですが、歌詞カードの英語と合わせると

「INSIDE MY(HEART)YOUR(HEART)」

という意味なのかなと。

つまり英語の歌詞、日本語の歌詞、歌っている歌詞を全部合わせる事で完成した歌詞になるんじゃないかなと思いました。

「CAN SOMEHOW (SOMEONE) BRINGS ME HOPE INSIDE MY (YOUR) HEART」

「誰か少しだけでいいから僕(と君)の心に希望を置いていってくれないか?」

という感じで。

カッコの部分が歌詞を補足した部分です。

歌詞カードには現れていない「your(あなた)」が死んだ(実態のない)アッシュそのものを表しているように思えました。

そして歌詞カードには書かれていませんが、この「lost&found」の曲の途中で英語のシャウト(叫び)の部分があるんですが、その叫びが英二の悲痛な叫びのように聴こえていたたまれない気分になります。

私にはシャウトの部分が

「運命が僕に君を与えてくれるんだ」

あるいは

「運命が僕と君に希望をもたらしてくれるんだ」

と英二が自分に言い聞かせているように聴こえて、漫画の最後の英二の手紙の

”そうだよアッシュ、運命は変えることができるんだ”

が叶わなかった英二の苦しさ・悲しみ・後悔の叫びのように聴こえました。

そして、曲の一番最後に静かに祈るように再び同じ英語の歌詞

「CAN SOMEHOW BRINGS ME HOPE INSIDE MY HEART」

が歌われている、はずなんですが、ここも歌詞通りに歌われているようには聴こえません。

「SOMEHOW」→「SOMEONE」は当然の事ながら、今度は最初の「CAN」が何回聴いても「CAN」に聴こえず、私には「ONE」と言っているように聴こえます。

「ONE SOMEONE~」となってなんか変な感じですが、今まで「CAN SOMEONE~?」で「誰か~してくれないか?」と疑問形でお願いしていたのが、最後の最後で疑問形が外れて

「誰か(1人、ある誰か)が僕の心に希望をもたらす」

と断言しているような感じに聴こえます。

そしてさらに、最後の「HEART」が今度は「YOUR」ではなく「US」に聴こえ、今まで「MY HEART」=僕(英二)の心、「YOUR HEART」=君(アッシュ)の心と別々になっていたのが、最後の最後で「INSIDE  MY  HEART , US」=僕の心の中の僕たち(英二とアッシュ)となり、さっきの「ONE SOMEONE」と合わせると

「誰かが僕の心の中の僕たちに希望をもたらす」

とまるで英二からのメッセージのように聴こえました。

題名が「lost&found」(失くして見つかった)だから最後の最後で希望のある終わり方の方がしっくりくるし。

聴き手によって色々な解釈の仕方ができるし、ファンそれぞれの中にあるアッシュと英二に照らし合わせてどんな感じにも咀嚼できる噛めば噛むほど味の出るスルメのような(笑)曲だと思います。

24話の予告動画がアップされたらまた記事追加します。

最終回「ライ麦畑でつかまえて」予告動画

いつも通りに予告動画がアップされました。

最終回はいつもの予告待ちの時とは違ってアップされる10分前くらいから気持ちが重たかったけど、英二の穏やかな声のお陰で思ったよりダメージなかったかな。でも切なくなるから繰り返し観れない・・・。

英二のナレーションが「代わりたかった」「隣にいたかった」って過去形なのが悲し過ぎる・・・。

予告の最初と最後に朝焼け(夜明けではなく夜が明けた後の朝焼け)を持って来てたのがちょっと救いに思えました。

そこに英二の「明けない夜はない」のナレーション。

「代わりたかった」

「忘れないで、君は1人じゃない」

この2か所の英二のナレーションのセリフと英二の口の動きをぴったりと合わせてますね。

24話の映像は1つも入りませんでした。

一番切なかったのが

「次回バナナフィッシュ、ライ麦畑でつかまえて」

の英二のナレーションでした。

ここの英二の声が一番悲しげに聞こえて・・・。

21日は仕事午前休とったのでリアタイするつもりです。

本当は1日休みたかったけどどうしても仕事休めない日で泣く泣く午前休↓↓

まさか30半ばを過ぎてアニメのために仕事を休む日が来るとは思いませんでした(笑)。

半年間本当に楽しませてもらいました。

24話放映後にまた記事追加します。

アニメの最終回ラストシーンについて思ったこと

私が最終回を観終わった時の気持ちと同じ事をツイートしている人がいましたが、観終わった直後は切ないながらも変に穏やかな気分でした。

原作は悲しくて切なくて胸が締め付けられてどこに気持ちを持って行っていいのかどうしようもなくなる感じだったけど、アニメは切ないにも関わらず穏やかさの方が勝ってしまったみたいな。覚悟を決めて構えて観たせいもあるのかも。

原作と比べてアニメではあえてラストを淡々と、静かに、ラオに刺された瞬間も無音で一瞬何が起こったのか分からないような感じだったのが理由の1つかな。

ラオがアッシュを刺したのも原作ではラオがもっと全身を使ってアッシュの腹にグッと刺している感じなんですが、そこもアニメではソフトに感じました。

しばらく時間が経った後の方が切なさと辛さが増してジワジワきました。

REDが流れるか、lost&foundが流れるか、それとも無音で来るかっていう中、一番メンタルやられるはずだった無音だったんですが、予想外に穏やかで。

OPの通りに雪降らせましたね。

雪がシンシンと降る感じと無音が悲しい程マッチしていました。

無音ではなくピアノの旋律はあったんだけど、無音のように感じました。

最後の瀕死のアッシュと英二の飛行機の中の独白のすれ違い(僕たちはきっとまた会える)、英二はまた会えると希望を持って飛行機が離陸する時にアッシュはすでに亡くなっているというのが、原作通りで知っていたとはいえ映像にされると悲し過ぎました。

あれだけワクワクハラハラの展開で1話から始まったバナナフィッシュなのに、最後はなんて静かなんだろうー。

今回は聞いたことのないBGMがたくさん流れましたね。

人物相関図の「親友」の文字が消え、太い線のみに

「おおっ」と感動したのが、24話放映後に更新された公式サイトの人物相関図のアッシュと英二の線。

(※24話の人物相関図についてこの記事の一番下に追記あります)

今まではずっと「親友」となっていたのが、24話では「親友」の文字が消え、何も書かれていない太い線のみでアッシュと英二を結んでいます。

私はこのアッシュと英二を結ぶ「親友」という文字にずっと違和感があったので、最後の最後で文字が消えた事に感動しました。

私の中でのアッシュにとっての英二は「母、時々兄」。

アッシュのためにご飯作ったり寝起きの悪いアッシュを叩き起こしたり悪い事したら叱ったり落ち込んでたら慰めたり無事な姿を見て抱きしめたり(長い)って完全にかーちゃんだよね。←これまんま私も自分の子供たちに日々してる事だからもう私の中では「英二=母」。

そしてアッシュにいじられる時の英二は弟にしてやられる兄みたいな。

だから「母・時々兄」。

バナナフィッシュ最終話 原作比較

ここからはいつも通り原作との比較です。

作画は期待していた通りとても綺麗でしたね。

OP曲が終わった直後、ゴルツィネ役の石塚さんへの追悼メッセージがありましたね。

あそこはアマプラ海外でもちゃんと翻訳されていました。

サブタイトルは最後ではなく最初に表示されましたね。

戦闘シーンですが、ブランカが手りゅう弾を投げたシーンがカットされたので一瞬何が起こったか分からなかったかもしれませんが、原作ではブランカが手りゅう弾を投げるカットがちゃんとあります。

あと、拘束されたアッシュが隙をついて逃げ出すシーンもカットされてしまいましたが原作にはちゃんとあります。

ブランカとシンのコントのような掛け合い(笑)。これはアニオリです。

原作でも2人の掛け合いはあるけどアニメではもっと面白い感じになってました。

シンとブランカが一緒に戦うところ原作でも好きだったのでちょっと和みました(笑)。

原作では「閉所恐怖症」ではなく「高所恐怖症」。

原作ではダクトをほふく前進するシーンはないです。

そしてブランカが敵を撃つシーンあたりから1クール目のOPが流れたのがなんかすごくマッチしていてワクワクしました。

そしてまさかの電動ドライバー・・・(恐;)

原作ではアッシュとフォックスが持って戦っていた棒でアッシュがフォックスの腹を突き刺すんですが、アニメでは電動ドライバーに変更されました。

マックスのスマホに「おめでとう父さん」ってアッシュからメッセージが入ったのもアニオリです。(まあ、原作の時代は当然携帯ないので)

アッシュとブランカのベンチシーン。

アッシュ「それを認めたくなかったんだろうな。我ながら情けねぇよ」

原作ではこのセリフの直後にブランカが「そんな事はないさ」と言います。

アッシュ「よく分からない下手くそな英語で話しかけてきた」

最後の最後で英二の英語がヘタだというネタバレ(笑)を入れてくるとは思いませんでした。

このセリフはてっきりカットするんだと思ってました。

だって今まで気持ちいいぐらい英二の英語力に関する原作のセリフをことごとくカットしていたので(笑)。

アッシュ「~オレを満たしてくれるのが分かった」

このアッシュのカットは原作のまんまって感じでした。(原作ではさらに英二の腕がアッシュの肩を包み込んでいますが)

アッシュ「これほど自分を恐ろしいと・・・恥ずかしいと思った事はない」

このシーン、原作ではアッシュの苦しそうな横顔カットなんですが、アニメでは手の描写に変更されました。アッシュの表情の1カットも欲しかったな。

でもこのブランカとアッシュのシーンは全体的に原作のカットに忠実でした。

アッシュの「想うことくらい許されるだろ?」のカットとか、アッシュとブランカの握手とか、最後ブランカの元を去っていくアッシュのシーンとか。

アッシュがシンから手紙を受け取る辺りのシーンからも原作のカットにかなり忠実で、原作をそのまま見ている気分でした。ラストカットも原作そのまま。(アッシュの横顔と、図書館の上からのアングル)

↓この2人のカットはアニオリですが、すごく良かったなぁ。

図書館=1人(孤独)なアッシュ

という固定観念を取り払われた気分になりました。

雪が降る中、淡いモノトーン調の景色の色使いが死に向かっていくアッシュの色を表しているようで切なくなりました。

アッシュが(英二・・・)とつぶやくのがあえてあっさり静かに囁く感じだったのが余計切なく。




最終話の感想まとめ

アニメをすべて観終わってみて、原作既読の私としては、アニメから入った人にはやっぱり原作もぜひ読んで欲しいなと思いました。

アニメはアニメで素晴らしい演出・シーンがありとても楽しませてもらいました。

でもアニメでは描かれなかったシーンやセリフ、省かれてしまったり変更されてしまったキャラたちの微妙な心情が読み取れる細やかな表情のカットが原作には散りばめられているので、アニメとはまた違った感じでバナナフィッシュを深く味わえると思います。

原作ではキャラたちの複雑な表情のカットがいくつもあって、その表情からキャラの心情の機微を読みとるのが好きだったし、それがバナナフィッシュの醍醐味の1つだと思っていたんですが、アニメでは割と分かりやすい表情に改変されてしまったり省略されてしまったなと感じる事がよくあったので。

もちろんアニメのキャラの表情の方が原作より良いと感じる事もありました。(特に9話のショーターの回とか、18話「海流の中の島々」とか)

例えば最終回で1つ例を挙げれば、最後にアッシュとゴルツィネが対峙してゴルツィネが落ちていくシーンのアッシュとゴルツィネの表情は原作の方が良かったな。そして、少し笑顔で落ちて行くゴルツィネにちょっと違和感がありました。

原作既読だとどうしても頭の中で無意識に原作のアングル・表情と比較しながら観てしまうので、そういう意味ではアニメから入った人はまっさらな状態で観れるので羨ましいなとも思いました。

ひたすらアニメバナナフィッシュと原作との比較や感想を好き勝手に書いてきましたが、予想外にたくさんの人に読んでもらえて嬉しかったです。

コメントくださった方もありがとうございました。

「光の庭」が映像化するかもしれないという噂があるので、もし映像化されたらその時はまた感想なり書こうと思います。

個人的には「光の庭」はメンタルやられるので映像化しないでほしいんですが・・・。

映像化希望する人たちが多いけどみんなメンタル強いね。

アッシュの死を知ってまたアメリカに戻って来た英二のあのくだりを映像化されたら死んでしまうわ。

何もアニメ(映像)でもう一度とどめ刺さなくても、アニメはあのラストで終わりでいいんじゃないかな。

でももし映像化するならNew York Sense=ニューヨークセンス(英二の写真集)もエピソードとして入れてほしいな。

私の中では「光の庭」+ニューヨークセンスの英二のアッシュへの言葉(「このフォトアルバムを僕にとっての夜明けである友人”A”に捧げる」。あと、新聞記事の内容も。)で1セットって感じなので。

【追記】

アッシュ復活?

今朝の時点では死んでグレーになっていた24話人物相関図のアッシュが生き返ってるんですが、これって何か意味があるんですかね?どういう意図で変更したんだろう?

ちなみに今朝キャプチャした画像がこっち↓。死んでグレーになってます。

何か意図があるのか、特に何もないのか、謎です。

最終回、時間が経った今の方が喪失感が大きくて辛くなってきた・・・。

いつもお気に入りの回は繰り返し何度も観るのに辛くて観れないやコレ。

【追記】

最終回から2日後の現在、とうとうラオ→アッシュへの矢印と「刺殺」の文字まで消えてしまいました。


アッシュ→ラオへの矢印と「しゃ殺」の文字は消えていないのでラストの出来事がなかったことにはならないけれど、アッシュの生死はファン1人1人の心の中で結論を出してくれというスタッフの優しい計らいなんだろうと思う。

今からバナナフィッシュを観る人にネタバレしないためという意見もあるけれど、それだとじゃあなんでアッシュ以外(ショーターとか)の死ははっきり書かれてあるのにアッシュだけ?ってなるし、マニアックな人だったら「ゴルツィネが死んだって知りたくなかったのに!」っていうかもしれないしw

と思ったので、個人的にはスタッフの思いやりじゃないかなと。

原作比較(おまけ)

最終回に水を差すような事であれなんですが微妙に気になったので少しだけ。

英二がシンに手紙を預けるシーンですが、時代設定を現代にしているので、英二が「携帯(スマホ)も繋がらないし・・・」くらいの一言を言うかと思ってたんですがそういうセリフは追加されませんでしたね。

英二が電話したって当然アッシュは出ないだろうし、もう二度と英二と連絡をとれないようにするために番号を変えてるかもしれないし、「そんなんイチイチ言わなくても分かるだろ」とか言われたらそれまでなんだけど、わざわざ時代を現代に変更したんだったらそれ位の一言があっても良かったんじゃないかなと少し思いました。なぜスマホへ電話orメッセージではなく、手紙にしたのかっていう理由が。

スマホがない80年代に違和感を感じさせないための時代設定変更でもあったのに、現代にした事で逆に作品の中でのスマホの扱い方が中途半端になってしまった感が最後までありました。

アッシュ死ぬにしてもせっかく現代でスマホがあるんだから、最後にアッシュから英二に一言だけでもメッセージを残してほしかったなとか思ったり。(アッシュの性格的にメッセージを送る事はなかっただろうけど残すくらいはしたんじゃないかと思う)

最終回でそういう演出をしてほしかったというわけではなく、現代だからこそそういう事できただろっていうもどかしさを感じてしまう。

もし光の庭を映像化するなら、実はアッシュが死ぬ前にスマホに英二へのメッセージを残していたとかのサプライズ演出ほしいな。

あと、マックス→ジェシカのプロポーズのシーンは、原作では

「おい!そんなことはあとでやれよ!」

というケインの厳しいツッコミとアレックスの呆れ顔のおまけ付きでしたw

あ、あとフォックスとの戦いで最後ゴルツィネがフォックスを撃った後にアッシュと向かい合って対峙るすシーンですが、原作ではアッシュがシンの前に立って片手を少し広げ、ゴルツィネにシンが撃たれないようにシンをかばうような仕草をしています。

吉田秋生先生のインタビュー記事の言葉

最終回から2日経った今の方がしんどさがジワジワと増してきました。

考えてみれば最終回当日は3時間弱の仮眠でリアタイ→そのままろくに寝ずにグロッキーな状態で午後から出勤激務だったので辛いと思う余裕もないくらい頭がイッちゃってたのかも。

いつもはアニメ放映後に海外の反応動画を見て楽しんでるんですが、ラストシーンの反応がキツくてまともに観れない。当然録画している24話もろくに見返してない。

以前、ある有名な小説家の奥さんが、その小説家(夫)が亡くなって数年後のインタビューで「亡くなった直後より時間が経った今の方が辛い」と言っていたのをふと思い出しました。

実在の人と比べるのもどうかと思うけど、長い間ずっとバナナフィッシュのファンだった人たちにとってはアッシュの存在ってそれくらいデカかったのかなぁと。

海外では「Banana Fish hell(バナナフィッシュ地獄)」と言われているそうですが、ファンにとってはまさに生き地獄の始まり。

今日、ふと吉田秋生先生の

”アッシュは犬死にさせたかった くっだらない理由で死ぬの”

”人殺しの罪は死んで償え”

という言葉を思い出しました。

吉田先生が公式ガイドブックの中で例えやむを得ない事情だったとしても人を沢山殺してるわけだから最後がハッピーエンドってそれどうよみたいに言っていたけれど、間違いなくアッシュは人殺しな訳で。

その言葉と同時にアッシュに撃たれて殺された名もなき警備員の事が妙に頭にチラついていて。(アッシュにしては珍しく不要な殺生だったと思われる彼ら。ケガさせる程度で良かったんじゃないかと)

落ち着いたらもう一度最近の吉田先生のインタビュー記事読み返してみようかな。

あの適当でいい加減なインタビュー記事(失礼)読んでると「辛い」と思う気持ちがバカみたいに思えたりするから、今辛くてたまらない人はインタビュー読んでみるのもオススメ。

アッシュとラオのシーンのセリフカットについて

原作比較で肝心な事を忘れてました。

ラオがアッシュを刺すシーンですが、原作では刺された後で

アッシュ「急所を外しやがって」

ラオ「お互い様だろ そしてお互い・・・助からねぇ・・・」

というセリフがありました。

「電話で救急車呼べばいいのに」とか「自ら死を選んだ」とか色々言われていますが、原作のアッシュは自分が助からない事を悟って英二の手紙と共に図書館に戻っていったという事です。

私はアッシュを刺した事とは関係なくラオのキャラが好きじゃないし(思考力が単細胞なので)、多分最後にアッシュを刺すために途中からしゃしゃり出してきたキャラだと思うんですよね(アニメのラオは原作より嫌)。

ちなみにラオがアッシュを刺した事に関しては、ラオを憎む人と、ラオがアッシュを刺したそもそもの原因になった月龍を憎む人とに分かれるけれど、私はアッシュの死は月龍に一番責任があると思っている派です。

月龍自身も「光の庭」の中でシンに「君の負い目は僕にも責任がある」と言っているのでアッシュが死んだ事に少しは責任感じてるみたいですが。

【追記】

そういえばニューヨーク市立図書館って地下から3階までの建物で、アッシュが死んだリーディングルームって3階(頂上)にあるんですね。

もう戻れない事を知っていた豹が頂(いただき)へ登っていったように、アッシュも自分が助からない事を知っていて頂(3階)へ登って行ったと思うとエモ過ぎる。

英二に「君は豹じゃない。運命は変える事が出来る」って2度も言われたのに、最後は英二の願いも虚しく豹と同じようになってしまったっていうのが容赦なさ過ぎる。

「光の庭」後の英二

吉田秋生本、また読み返してみたけど、吉田先生「光の庭」を「夢の庭」って言ってるんだよね・・・(笑)。(冗談じゃなくマジボケで)

バナナフィッシュ連載してたのもう何十年も前の事だし、先生も忘れきってるから司会者にバナナフィッシュのこと色々質問されても「忘れた」「知らねーよ」みたいな回答が多くて。

でもその中で

「『光の庭』以降、英二はどういう人生を歩んでいるのでしょうか?」

っていう読者からの質問に

「普通の人生じゃないですか。ちゃんと結婚して子供を作って、写真家としてそれなりに生きていくみたいな」

っていう淡々とそっけなく聞こえる回答に「光の庭」後の英二を想像してなんか妙にホッとして。英二は一生ずっと1人な訳じゃないんだなって。

でもその後の

「彼はニューヨークから離れられないだろうな」

っていう言葉にやっぱりアッシュの事は一生忘れられるはずもない英二の姿が思い浮かびました。

アッシュの死から12年後に出された英二の写真集「NEW YORK SENSE」の中の一番最後に写る英二とバディ(英二の飼い犬)の2ショット写真の英二の笑顔が「光の庭」の英二と違ってどこか晴れやかで、伸ばしていた髪もばっさり切って昔アッシュと一緒にいた頃の長さに戻っているので、彼の中ではアッシュの死から10年以上経ってやっと一歩前へ進めたんだろうと思うんですよね。

さて、6話までですでに何人ものキャラクターたちが早々に退場していきました。アッシュ側の人間でいえばスキップ、グリフィン、ジェニファー。バナナフィッシュという漫画は容赦がない。主人公を凌ぐと言っても過言ではない人気者のショーターにも、アッシュのソウルメイトである英二にも、そして主人公のアッシュにさえも。
バナナフィッシュの連載終了から12年後に発売された英二の写真集「NEW YORK SENSE(ニューヨークセンス)」。 ...
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コメント

  1. なぎ より:

    初めてコメントさせていただきます。
    個人的に感じていたことをきちんと文章にされていて感動しました。
    特に、アニメに関しては現代の設定なので、最後に英二が手紙を書くというのもなあ、と思っていたので、なるほど!とすごく腑に落ちました。
    確かに、あそこで電話が通じないと言った台詞があると手紙にしたことの意味もあっただろうし、アッシュのメッセージというのもすごく納得しました。
    またゆっくり読ませていただきます。

    • keiko より:

      >なぎさん

      コメントありがとうございます。しばらく管理画面を開いておらずお返事が遅れてすみません。
      時代を現代にすればやっぱり弊害はでますよね。でもアニメ化によってバナナフィッシュがまた盛り上がって嬉しかったです。
      個人的に思ったことを書き殴っただけのブログですが、よろしければまた遊びに来てくださいね(^^)