奥村英二写真集「NEW YORK SENSE(ニューヨークセンス)」の日本語訳

バナナフィッシュの連載終了から12年後に発売された英二の写真集「NEW YORK SENSE(ニューヨークセンス)」。

現在は絶版ですが、バナナフィッシュ復刻版BOX vol.4の中に特典としてついています。

ニューヨークセンスの中身ですが、実際のニューヨークの写真が約20ページ、アッシュ、マックスと成長したマイケル、シンと暁(あきら)の結婚式、ジェンキンズ警部とその娘たちのイラストが約20ページに渡って収録されています。

発売されたのがバナナフィッシュ終了から12年後で吉田先生が「夜叉(YASHA)」を連載中の頃なのでアッシュの顔がなんか夜叉の主人公の静(セイ)寄りになってしまっているんですが、英二が撮ったアッシュだと思うとファインダー越しに向けられたアッシュの英二への笑顔とか素顔が垣間見れるイラストだと思います。

写真集の中に散りばめられている英語で書かれた英二の直筆のような感じの言葉(日本語訳がついてないので自分で訳すしかないのが悲しいけど)を読んでいると「光の庭」の英二のセリフを元に引用されているのが分かるんですが、こうやって一文一文写真集に散りばめられると「光の庭」の英二の言葉の重みや深さを感じます。

写真だけ見るのと英語の内容も一緒に知るのじゃ随分違うので出来れば日本語訳つけてほしかったなぁと思うんですが。

This book is dedicated to my friend A who’ll be known to me as Dawn.

Eiji Okumura

(この写真集を僕にとって「夜明け」である友人Aに捧げる   奥村英二)

(直訳:この写真集は僕に「夜明け」として知られている友人Aに捧げられる)

what causes repugnance?
「光の庭」の英二の言葉から訳すと「何がおぞましいのか?」

(直訳:何が憎悪を引き起こすのか?)

What causes reverie?
「光の庭」の英二の言葉から訳すと「何がなつかしいのか?」

(直訳:何が幻想を引き起こすのか?)

※reverieは「目覚めながら夢見ているようなぼんやりとした状態」という意味合いを含む名詞で「幻想、夢想、空想」という意味があり、「be lost in reverie」で「物思いにふける」。

Find it all here.

(そのすべてがここにある)

Bathe it in brilliant light.

(輝く光をいっぱいに浴びて)

But yet.it’s wrong to try.

(それでも、試してみるのはよくない)←これが何を意味するのかよく分かりませんでした。

「光の庭」の英二のセリフである

「おぞましいものもなつかしいものもすべてがここにはある、とかつて僕の友人が言った事があります」

を元に訳してます。

(最後のページ)

I love both sides-light and darkness.
(僕は光も闇も両方愛している)

Maybe that’s why critics refer to my photography with the word “tenderness”

(評論家たちが僕の写真を「優しさ」という言葉で称するのは多分それが理由だと思う)

↑この言葉も「光の庭」の中の

「もしぼくの写真がそういう印象を受けるのだとしたら 光も闇も・・・そのどちらも愛しているからかもしれません」

っていう英二のセリフからきてますね。

あと、写真集のまえがきとして奥村英二を紹介するニューズウィークの新聞記事(という設定で書かれている)が長々と書かれています。

ざっくり説明すると、

記事の前半は英二の生い立ち・経歴の紹介、26歳の時にアメリカの永住権をとった事などが書かれていて、中盤は批評家たちが英二の写真から優しさを感じていることと、それを裏付ける英二のインタビューの言葉の紹介、そして後半は写真集に載っているアッシュ・リンクスの写真についての内容になっています。

(↓後半のアッシュの写真について触れている記事の訳)

コレクション(写真集)の中でもっとも大きな注目を集めた1枚の写真がある。

1987年早朝、アッシュ・リンクス、彼はニューヨークで伝説とされている。

彼のブロンドの髪、グリーンアイズ、上品な物腰と180以上のIQにより、世間では最も孤独で最も危険な男とされる。

しかしながら、奥村の写真はそういったすべての先入観が間違っている事を示す。

おそらく、アッシュ・リンクスは奥村英二の「言葉では言い表せない優しさ」の恩恵をもっとも受けた男だろう。

奥村の当初の目的は伊部によるニューヨークのストリートギャングの”スター”の取材のアシスタントだった。

そこでアッシュ・リンクスと初めて会ったのかもしれない。

その時ギャングの暴力の真っ只中に巻き込まれ、そしてそれらの驚くべき出来事により日本へ戻ったのだろう。

確かにニューヨークのストリートシーンは奥村が言ったように「闇」かもしれない、そしてアッシュ・リンクスは(彼の言う)光だったのかもしれない。

しかしその物語については未だ語られないままである。

なにはさておき、日本はこの新進の鬼才の若者がニューヨーク街のコンクリートジャングル(=物騒な場所)で開花した事を喜ぶべきだ。



イラストの中のマックスの息子のマイケルは20歳前?くらいですっかりイケメンに。

「光の庭」で伊部の姪の暁(あきら)と出会ったシンは結婚。

定年退職したと思われるジェンキンズ警部は、娘たちと孫に囲まれて幸せそう。

その中でアッシュだけは18~19歳のまま。

アッシュの周りの人たちの時間は確実に流れているのに、アッシュだけは時が止まったままだと思うと寂しさを感じるけれど、見ているとどこか懐かしい気持ちにさせられる写真集のアッシュの姿。

その「懐かしい」という気持ちはきっとアッシュの死から12年経った英二も感じているはずで。(写真集に何枚もアッシュの写真を載せるなんて英二にとっては大進歩な訳で)

アッシュの死を後悔して自分をなじってずっと苦しんできた「光の庭」の英二が、「光の庭」からさらに時間が経ってやっと少し「懐かしさ」を感じる事ができるようになったのかなと。

「光の庭」でシンに自分の胸の内を少し吐き出して、7年間ずっと封印していたアッシュの写真を解放して、個展でアッシュの写真を飾って、多分それがきっかけになって、少しずつ、少しずつ、少しずつ。

24話の記事でも書きましたが、写真集の一番最後に写る英二とバディ(英二の飼い犬)の2ショット写真の英二の笑顔が「光の庭」の英二と違ってどこか晴れやかで、伸ばしていた髪もばっさりと切っているので、彼の中ではアッシュの死から10年以上経ってやっと一歩前へ進めたんだろうなぁと思い、「光の庭」で最終回からさらに打ちのめされた人もこの1枚のイラストの英二の表情を見てどこか救われるような気持ちになれるんじゃないかなぁとふと思いました。

だから私にとっては「光の庭」+写真集「ニューヨークセンス」がセットになって初めて吉田秋生先生の言う「鎮魂と再生」だと思っています。

「光の庭」の英二は私の中ではアッシュの死から一歩進めたという感覚はなく、やっとアッシュの死を少しだけ受け入れる事ができた、そんな感じ。

まだまだ懐かしさを感じるような余裕はなく、相変わらず後悔と苦しみの中にいるまま。

「光の庭」からニューヨークセンス発売までの空白の期間の英二の物語を読みたいなぁとか思うんですが、吉田先生は自分の過去の作品にまっったく興味のない人なので無理だろうな。(先生曰く、過去の作品は別れた彼氏と同じらしいのでw)

先生がインタビューで言ったように結婚して子供を作って写真家として「普通の人生」を歩んでいる英二が見たいし、シンの妻になって苦労している暁(あきら)とか、息子の烈(れつ)が生まれた辺りとか。

シンと暁(あきら)の番外編も「ない」って言い切ってるのでありえないのは分かってるけど。

シンは暁と結婚して息子も生まれて家族を持って新しい人生がスタートした訳だけど、英二は「光の庭」のまま止まっているのでその辺りの物語が読みたかったなぁ。

「光の庭」が映像化されるかどうかはまだ決まってないけど、もしテレビ放映やOVA化するなら原作の「光の庭」だとアニメ1話分にも満たないくらいで尺が余るから(DVDの特典映像とかなら問題ないけど)、「光の庭」からさらに5年後にニューヨークセンス用の写真を撮っている英二とか、シンと暁の結婚式の様子とか、オリジナルエピソードがほしいなぁと。

もし映像化するなら英二にも多少救いがないと「光の庭」までだと切ないから嫌だなぁ。

吉田秋生先生のインタビューによると「光の庭」は元々約180ページ、単行本1冊分くらいのネームを書いていたのをあの長さ(約70ページ)に縮めたらしいので、その辺りのエピソードを入れるとか。(まあその時のネームなんてとっくになくなってるだろうけど)

ネームの段階の構想だった「英二の周囲の人間の日常」や「傷ついた相手を救っていく」英二も見てみたかったな。

ニューズウィーク新聞記事の前半と中盤の日本語訳

前半と中盤の日本語訳もついでに載せておきます。↓

「奥村英二によって撮られた1枚の写真がニューヨークのイメージを一変させた」

(1994年8月 ニューヨーク)

ニューヨークの写真家・奥村英二は1966年、日本の島根県で生まれた。

高校でまだ棒高跳びの選手として競い合っている時に彼は大学生の写真家である伊部俊一と知り合った。

1985年、19歳の時、奥村のニューヨーク街への初の海外旅行が出来事の連続の始まりだった。

その時期の事について奥村はあまり話したがらない。

「僕にとって激動の時代でした」

「そしてそれは僕の人生を変えたと心から言えます」

最近のインタビューで彼はこう答えた。

奥村自身の不本意をよそに、ニューヨークの彼のファンは彼の大都市との偶然の出会いにいつも感謝している。

日本へ帰国した際、彼はフリーランスの写真家としてデビューし成功した。

そして仕事に精を出すためすぐにアメリカへ戻った。

1992年、アメリカ政府は26歳の奥村に永住ビザを与えた。

そして2年後、個展の成功により、彼のとどまるところを知らない名声が突如として加速した。

スター奥村英二は未だ上昇中だ。

この写真集は彼の優れた写真の腕前を表す最初のコレクションで、ニューズウィークのページで特集されたたくさんの画像が再版されている。

この写真集ではニューヨークの生活圏、通りに面した建物、街並み、そして被写体の感情だけでなく写真家自身の感情も表れ親密さが見てとれる生き生きとしたニューヨーカーたちの様子、それらすべてを見る事ができる。

奥村についてしばしば言われる通り、彼の高められたセンスがニューヨーカーの共通認識をとらえる。

奥村の写真からは、彼を際立たせる”言葉では言い表せない優しさ”が伝わってくるというのが批評家たちの一致した意見だ。

彼の被写体に対する新しい見方はアメリカのアートシーンの注目を集めた。

彼は批評家たちとニューヨークの印象について最近の「ボイス」の記事の中でコメントした。

「確かにニューヨークの人々は僕が今まで出会った他の誰よりもアグレッシブですね。それが良いのか悪いのか僕には判断できませんが。僕は光も闇も両方愛しています。評論家たちが僕の写真を「優しさ」という言葉で称するのは多分それが理由だと思います。」

(この後、前出のアッシュの記事に続きます)

さて、6話までですでに何人ものキャラクターたちが早々に退場していきました。アッシュ側の人間でいえばスキップ、グリフィン、ジェニファー。バナナフィッシュという漫画は容赦がない。主人公を凌ぐと言っても過言ではない人気者のショーターにも、アッシュのソウルメイトである英二にも、そして主人公のアッシュにさえも。
spoon.2Di vol.45を読みました。 簡単に概要と中身を少しだけ。 表紙のアッシュと英二はネットの画像...
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コメント

  1. 匿名 より:

    最後に、英二が写真家になって、アッシュの美しい追悼写真を出してほしい。
    最後まで心の中に閉じ込めておくのは、悲しすぎる。
    少なくても、アッシュの最後は、英二を思って幸せだったにちがいない。
    アッシュは、すくわれたのだと

    • keiko より:

      ですね、アッシュにとってはあの瞬間に命の灯が消えたのが
      読者にとっては辛いけれど最高のハッピーエンドだったと思う。

  2. アッシュと同い年 より:

    ブログ楽しみに拝見していました。 ありがとうございました。
    主様は、最終回以降やはり引きずっておられるようでお気の毒です。
    ・・・元気、出してくださいね。

    リアルタイム読者の自分にとって、
    今回の思いがけないアニメ化は、色々な意味で有難かったです。

    動くアッシュ達を見ることができて楽しかったし、
    当時(世相とか空気とか)を思い出して、気分良かったし、
    何よりトラウマだった結末に納得できて☆
    というか「BANANAFISH」からスッキリ卒業できた感じがしています。

    結末は、創造主の作者先生おっしゃるとおり「犬死」が妥当かと。
    アッシュ、と言うより吉田先生、有名無名の登場キャラ撃ちまくり過ぎー。
    誰の罪って、ねぇ・・・?
    落とし前付けるためには、必要な終わり方だったのでしょう。
    その上で「(英二と読者を)鎮魂せずにはいられない」、そんな風に感じました。

    BFは(無事!)終わりましたが、これからもお邪魔させていただきますね。
    感謝です! では~~。

    • keiko より:

      >アッシュと同い年 さん

      いつもブログを読んでくださってありがとうございました。

      最終回から1週間経った今は落ち着いてるんですがそれでも24話を観返す気分にはなれないですね。

      リアルタイムでずっと見続けてあのラストはアニメの半年を追いかけるのとは比じゃないですよね。

      「卒業」「結末に納得」と言い切れるのがすごいなぁと思います。

      切なくてもやっぱりアッシュにはあの終わり方しかないというかあの時が一番幸せの絶頂でしたよね、きっと。

      また遊びに来てくださいね~^^

  3. 香織 より:

    Keikoさま
    アニメでBANANAFISHを知り、放映途中で原作を読破した者です。このブログに出会えて本当に嬉しいです。
    写真集の日本語訳、どこを探しても無く泣きそうになりながら英文を追った記憶があります。ありがとうございました。英二の手書きの英文も、ようやく理解できました。写真集で印象的だったのは、ハーフの友達にtendernessってどういう意味?と聞いたところ、とても笑顔でぎゅっと抱き締める動作をされた事です。好きよりももっと濃密で、重たい感じだと言われました。tendernessは多分それぞれ解釈が異なると思いますが、控えめに見えた英二もアッシュに対してそのような気持ちになったのだとしたらいいなぁと思いました。
    私は今まで見てきた感想の中でケイコさんの評価が一番好きです。「光の庭」ラスト、英二がアッシュの写真を見て微笑みながら涙を流すカットがありましたが、そこにいるアッシュは全く変わっていなくて、あまりにも痛々しすぎました。死の現実を突きつけられた気がしました。皆「魂と鎮魂の物語」とか言うけど全然英二まだ悲しいでしょ!と思っていました。『まだまだ懐かしさを感じるような余裕はなく、相変わらず後悔と苦しみの中にいるまま』本当にその通りだなと思います。写真集の顔写真でも、英二の苦悩は滲み出ている気がします。
    私がケイコさんの記事にたどり着いたのは、リヴァー・フェニックスで検索したからでした。最近アッシュのモデルということで調べ始め、映画を観始めたのですが余りにも(外見、彼の人生など)アッシュとそっくりで、二人分の死の悲しみが今来てるところです笑 特にリヴァーは実在していた人なので死の事実は変えようもなく、『スタンドバイミー』など幼い頃の友情~というような視点ではなくただずっと、リヴァーのきつい眼差しやあの頃からのいきすぎた何かを目の当たりにする度途方もない悲しみに襲われています。
    でもアッシュにしろリヴァーにしろ、強く思うのはどんな形でもいいから生きていて欲しかったということです。私はBANANAFISHは物語としてハッピーとか言えるものではないのかなと思います。アッシュは死をもってあの辛い運命に決別したのは、もともとアッシュを追っていた漫画なのでハッピーエンドかもしれませんが、英二の人生はまだ続いていて「生き地獄」で、シンも兄を無くし、アッシュの死を知らされた時のマックスとジェシカの落ち込み様は目に見えるようで、ブランカも後悔したと思います。

    長く書いてしまいすみません。まとめられないのですが、本当にケイコさんの記事が好きでコメントしました。BANANAFISHは読み始めると何もできず、アッシュの辛すぎる生い立ちや英二の今について無限に考え続けてしまうループにはまってしまうので(最近ようやく抜け出せたので)封印していましたがこれから読もうと思います。ありがとうございました。

    • keiko より:

      >香織さん

      コメントありがとうございます。しばらくブログの管理画面を開いておらず、お返事が遅れてしまって申し訳ありません。
      ニューヨークセンスの日本語訳が参考になったようで何よりです。

      tendernessの解釈も参考になりました。ありがとうございます^^

      光の庭の英二、前に進めた感じはしないですよね。私も光の庭に対しては香織さんと同じような印象を持っています。

      リヴァーはアッシュのモデルであるだけに色々重なって切ないですよね。
      幼少期の虐待とか、キツそうに見える眼差しとか、夭逝してしまった所とか・・・。

      私の感想記事が好きだと言って頂き本当にうれしいです。
      アッシュの死は悲しいですが、私はアニメのアッシュは生きている、と思う事にしています。そうしないと辛くなるので(T_T)

  4. 匿名 より:

    アニメからBANANAFISHを見始めた者です。(しかも最終回を見終わったのはついさっき!)漫画を買おうか悩んでいるときに、このブログと出会いました。
    正直、アッシュの死が悲しくて悲しくて仕方ないです。やっと全部が終わったのになぜ彼は今死んでしまうのか?英二はどうなるのか、こればかり頭に浮かんでいました。
    けれど、作者様の言葉やブログ主様の言葉を見て、悲しいだけじゃないんだと、救いもあるんだと思えました。原作コミックを買う決心が着きました。
    けど、やっぱり英二に救いはあったのかなとは思ってしまいます。アッシュより、ショーターより私は英二が生きていても、残酷な運命に投げ出されたと思います。
    光の庭をみて、その気持ちにちょっとでも変化があるといいなぁと思います。

    • keiko より:

      コメントありがとうございます。しばらくブログの管理画面を開いておらずお返事が遅くなって申し訳ありません。
      そうですよね、ある意味英二が一番残酷な運命を背負ってしまったともいえるし、光の庭でもまだまだ救われてはないですよね。でも少しだけ前に進めたのかなと思います。